『平安京提要』

nifty:FBUNGAKU/MES/12/04330に加筆



いきなり何ですが、この本は、はっきり言って高いです。(^◇^;)
もちろん、研究者の方なら そうは思われないでしょうが、素人にとっては まぎれも
なく高いです。
実際、私が持っている本の中で 一番高いのが、この『平安京提要』です。

初めて ラン2さんから この本の話を聞いた時、私は「おもしろそうだなぁ!」と思
いましたが、値段を聞いて((((((^_^;)ススッと引きました。(^^ゞ

そんな私が 思い切ってこの本を買う決心をしたのは、文学フォーラムのオフで
風俗博物館から五条天神宮松原道祖神社新玉津嶋神社因幡薬師
夕顔之墳朝顔の墓河原院址渉成園へと、源氏物語にゆかりのある
場所を ひたすら歩いてまわる企画を担当することになったのがきっかけでした。

つまり、このあたりの解説をしようにも、私一人ではサッパリわからないので、
ラン2さんに「教えて〜! (;人;)」とすがりついたわけです。(^_^)

で、その時はじめて、話で聞くだけではなく『平安京提要』のホンモノを目にしたわ
けですが、私はこれを見て、本当にビックリ Y(゚_゚)Yいたしました。

とにかくめちゃくちゃ詳しくって おそろしく本格的だったからです。そして、何より
いいことは、すっごくわかりやすいことでした。(゚-゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン

まず、私は それまで平安時代の京都の町の呼び方など 恥ずかしながら全く知
らなかったものですから、そこからして とってもお勉強になりました。御存じの方
も多いことと思いますが、こちらもご覧下さいませ。

                      ↑
例えば、この★印のところは、「七条二坊十三町」となり、それを頼りに本文を見ま
すと、【七条二坊十三・十四町】の解説として、以下のような文が載っています。

      。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 引用開始 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。

   この両町には、宇多上皇の御所であった「亭子院」が所在した(『拾芥抄』)。
  ここはもと同天皇中宮藤原温子の御所として「東七条宮」と呼ばれていたが
  (『日本紀略』延喜三年八月二八日条)、彼女が崩ずるとともに宇多上皇の
  後院となったのである。上皇はしばしばここに文人たちを招いて詩会を催して
  いる(『日本紀略』延喜九年閏八月一五日条など)。この「亭子院」という名称
  も、池の中島に亭子を設けたことに由来するものでる。『本朝文粋』(巻八)の
  菅原淳茂の詩には、この亭子院の風流とそこで行われた遊宴の様子が描写
  されている。上皇の崩後、亭子院は寺院となり、民衆の信仰を集めることにな
  った。(『今昔物語集』巻一七)。なお、下京区油小路通塩小路下ル南不動堂
  町に現存する明王院不動堂は、もとの亭子院の位置からは移動しているもの
  の、亭子院の不動堂の法灯を今に伝えている。
   十三町の跡地においては、立会調査によって平安前期の包含層や土坑、中
  期の土坑、後期の包含層、鎌倉時代の土坑などが検出されている(【立】昭五
  七・五九・六一)。十四町の跡における試掘・立会調査では、平安時代後期の
  井戸、末期の土坑、平安時代の包含層などが確認されている(【立】昭五七・
  五八・平三)。

        。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 引用終了 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。 * ゚ ・ 。

どうです? すごいでしょう? (゚-゚)b
長くなりましたが、亭子院のことは「源氏物語」の原文中にも出てきますので、ご参
考までに……と思い、引用してみました。

たとえば、「源氏物語」の中で「なにがしの院」の準拠のひとつとされている河原院
は、この地図で申しますと、「☆」で示した 六条四坊十一・十二・十三・十四町に、
また千種殿(ちぐさどの)は「◇」で示した 六条三坊四・七町にあたることになりま
す。

ちなみに私は、「なにがしの院」の準拠として、没落した後の河原院を挙げておら
れるお説を 浅尾広良氏のご論文「六条御息所と先帝――物の怪を視座とした
源氏物語の構造
」中古文学1985年5月 で、また、千種殿とするお説については、
角田文衛氏の著「平安京散策」京都新聞社で、それぞれ知りました。個人的には
「河原院」説が気に入っております。(^_^)

さて、この平安時代の地図を 現在の地図の上に重ねあわせたものが「平安京条
坊復元図
」なんです。この地図は本当に最高です! (゚-゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン

平安時代がお好きな方なら「あの時代に、私のあこがれのあのお方がお住まいだ
ったところって、今で言えばいったいどこなんだろう?(゚〜゚)??」って、たいてい みな
さま、それが気になりますよね?(゚-゚)b

で、そういう時に、「およそこのあたりでしょう」って言われるのと

「ここです! ( ̄^ ̄)キッパリ」

と言われるのとでは、マニアの心情(笑)として 全く違うじゃないですか?!

そこで この「平安京条坊復元図」の出番なんです。「平安京条坊復元図」があ
れば、自信を持って「ここです! ( ̄^ ̄)キッパリ」と言えるようになるんです!
これはもう感涙モノですよ。(゚-゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン

ちなみに「河原院」は 北は五条通をまたいだあたりから 南は六条通よりやや北
側のあたりまで、東は河原院址よりちょっと西側(つまり 河原院址は入らない(^^;)
から 西は上徳寺のあたりまで(つまり 渉成園も入らない(^◇^;)にあたります。

一方の「千種殿」は、道祖神社のすぐ東から 新玉津嶋神社を含むあたりということ
になるようです。

購入に際しては さんざん悩んだ挙げ句に、自分への誕生日プレゼントとして買い
ました。なにせ1万円以上もするような本を買ったのは 初めての経験でしたので、
勇気(^◇^;がいりました。
確かにはじめは「やっぱり高かったかなぁ……」と思っていましたが、まあホント〜
にお役に立ってくれることと言ったらありません。(*^^*)ホクホク

みなさまも、まずは一度図書館でご覧になってみて下さい。なお、それがモトでお財
布から2万円消えていくことになりましても、当局はいっさい関知いたしませんので、
念のため! (^_-) ☆



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